EVが心配でも、明日来る車はガソリンとハイブリッド
EVが当たり前になったら、自分の店の整備の仕事はどうなるのか。ガソリンエンジンの修理で食べてきた店ほど、この不安は重いはずです。あなたがそう感じているなら、まず足元の新車の中身を数字で見てください。
一般社団法人日本自動車販売協会連合会の燃料別データでは、2024年の乗用車の新車に占めるEV(BEV、電池だけで走る車)は1.8%。前年の2.2%からむしろ減りました。プラグインハイブリッドを足しても約3.3%です。残りの9割以上は、今もガソリン車とハイブリッド車です。新車でこの割合ですから、街を走っていて車検と整備に来る保有車は、さらにガソリン・ハイブリッドに偏っています。
つまり、明日も来週も、あなたの店のリフトに上がるのはガソリンとハイブリッドの車です。エンジンオイルもブレーキもタイヤも、その整備需要は当面なくなりません。EVが新車の主役になるのは、世界の事情や補助金しだいで前後しますが、保有が入れ替わるには年単位の時間がかかります。EVへの大きな設備投資を今すぐ迫られているわけではない、という土台をまず押さえてください。
ただし「だから何もしなくていい」ではありません。EVより手前で、整備の中身はもう変わっています。次の章がこの記事の中心です。
先に来ているのは電子制御化、もう経過措置は終わっている
EVという言葉に気を取られているうちに、別の波が先に来ています。電子制御化です。今の車は、自動ブレーキ用の前方カメラ、車線をはみ出さないためのレーダー、駐車を助けるセンサーを積んでいます。フロントガラスやバンパーを脱着すると、これらの装置の調整(エーミング)が要ります。これはEV専用の話ではなく、ハイブリッドにも普通のガソリン車にも付いている機能です。
この作業には国の認証が要ります。2020年に従来の分解整備が「特定整備」に変わり、電子制御装置整備が加わりました。猶予のための経過措置は2024年3月末で終了し、4月から本格運用に入りました。認証を持たない事業場がエーミングなどの電子制御装置整備をすると、道路運送車両法の違反になります。
自店が特定整備(電子制御装置整備)の認証を持っているか。整備主任者は資格講習を修了しているか。ここが空いていると、EV以前に「今の電子制御化した車」の整備で正面から仕事を受けられません。EVへの備えは、この認証がそろっていることが前提です。
EVが来るかどうかを心配するより、すでに来ている電子制御化に認証で追いついているかを先に見る。順番を逆にすると、遠い不安に設備投資して、足元の仕事を取りこぼします。
高電圧の車に素手で触らない ― 感電を防ぐ教育
ここからがEVとハイブリッドに固有の話です。EVや強いハイブリッドは、数百ボルトの高電圧で走ります。ガソリン車の感覚で配線やバッテリー周りに触ると、感電や漏電の危険があります。命に関わるため、国は資格ではなく教育で線を引いています。
労働安全衛生規則により、対地電圧50Vを超える蓄電池を積んだEV・ハイブリッド・燃料電池車の整備に就く人には、「電気自動車等の整備業務に係る特別教育」が義務づけられています。内容は学科6時間・実技1時間の計7時間で、外部機関なら1日で受けられます。2024年10月には対象の電圧上限がなくなり、より広い車種が対象に入りました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象になる人 | 対地電圧50V超の高電圧の車(EV・HV・FCV等)の整備に就く人 |
| 受ける教育 | 電気自動車等の整備業務に係る特別教育(学科6時間+実技1時間) |
| 免除される人 | 1級自動車整備士の有資格者(特別教育は不要) |
| 根拠 | 労働安全衛生法・労働安全衛生規則(2024年10月に電圧上限を撤廃) |
この教育は感電・漏電事故を防ぐためのもの。高電圧の車に触る前に受けておく性質のもので、後追いで足すものではありません。
大事なのは、店の全員に一度に受けさせる必要はないことです。まず高電圧の車に手を入れる人を決め、その人から受けさせる。1級整備士が在籍していれば、その人は免除されます。EVを受ける受けないを決める前に、誰が高電圧の車を触る役なのかを先に決めておくと、教育の優先順位が定まります。
設備投資は「自店で受けるか、外に出すか」を決めてから
EVの整備というと、高価な専用機器をそろえる話に聞こえます。人数の限られた店が、いきなり全部を抱える必要はありません。先に決めるのは、どこまで自店で受けて、どこから外に出すかの線引きです。
- 自店で受ける範囲:12V系のバッテリーやタイヤ、足回り、車検の基本整備。これはEVでもハイブリッドでも今の延長で受けられます。
- 判断が要る範囲:エーミングなど電子制御装置整備。自店で認証を取るか、認証を持つ提携先に回すかを選びます。
- 当面は外に出す候補:高電圧バッテリー本体の脱着・修理。専用の設備と教育が要り、件数が少ないうちは無理に抱えないほうが利益を守れます。
線引きを決めてから、足りない設備だけを順に入れます。スキャンツール(車の故障診断機)は、エーミングや電子制御の整備で要になる道具です。国も自動車整備技術の高度化検討会で、このスキャンツールの標準化と整備士向けの研修を進めています。EV専用機を急ぐより、今の電子制御化した車で日々使うスキャンツールと、その使い方を先に固めるほうが、投じたお金がすぐ仕事になります。
① 特定整備の認証に要る設備 → ② 日々使うスキャンツールと診断の習熟 → ③ 高電圧バッテリーの専用設備。③は保有が増えてからで間に合います。EVの台数が読めないうちに③から入ると、稼働しない設備の支払いだけが残ります。
人をどう備えるか ― 一人ずつ、順に研修へ送る
設備より時間がかかるのが、人の備えです。新しい診断や高電圧の扱いは、ベテランほど自己流で身につけにくく、研修で体系立てて入れ直すほうが確実です。国は整備技術の高度化に向けて、スキャンツールを使った診断のステップアップ研修や、新しい機構・装置の構造を学ぶ新技術研修を用意しています。
全員を同時に研修へ出すと、現場が止まります。順に送ります。
- 高電圧の車に触る担当を一人決め、その人に電気自動車等整備の特別教育を受けさせる。1級整備士がいれば免除なので、その人を担当に据える手もあります。
- エーミングや診断を担う人を決め、スキャンツールの研修・新技術研修に送る。受けた人が戻ったら、店内で他の整備士に短く伝える時間を作る。
- 若手には、電子制御の診断とEV・ハイブリッドの基礎を早い段階で経験させる。これから保有が入れ替わる十数年を、この若手が担います。
誰を残すか採れないか悩む前に、今いる人を新しい整備に対応させる。ここでそろえた力は、EVが増えてからではなく、今の電子制御化した車の整備でそのまま収益になります。
あなたの店が今期からできること
遠いEVの不安で止まらず、今期から動ける形にします。順番は前の章のとおり、認証・教育・線引きです。お金がかからない確認から始めてください。
- 自店が特定整備(電子制御装置整備)の認証を持っているか、整備主任者の資格講習が済んでいるかを確かめる
- 高電圧の車に手を入れる担当を一人決め、電気自動車等整備の特別教育が済んでいるかを確認する(1級整備士は免除)
- 直近で電子制御の作業を断った件、外に出した件があれば書き出し、何が足りなかったかを並べる
- エーミングなどの電子制御装置整備を、自店で認証を取るか提携先に回すかを決める
- EV・ハイブリッドの高電圧の修理を、どこまで受けてどこから外に出すかの線を引く
- 日々使うスキャンツールと、その使い方の研修を先に固める(高電圧バッテリーの専用設備は保有が増えてから)
- 担当を一人ずつ、スキャンツール研修・新技術研修に順に送り、戻ったら店内で共有する
- 若手に電子制御の診断とEV・ハイブリッドの基礎を早めに経験させる
EVへの備えは、明日のための大投資ではなく、足元の電子制御整備で食べられる店にしておくことから始まります。認証をそろえ、感電を防ぎ、自店で受ける範囲を決める。この順でそろえた店から、EVが増えても慌てずに済みます。